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identity -79 冬休み-

 

 紗奈ちゃんが引きこもりになって、もうどれくらい経っただろう。
 気丈だったあのヒトはもう、も抜けの殻。
 見る影もない。
 そんなにも。パパが居なくなったのがショックだったんだな。
 思いながらも。
 あのひとに独占される彼女を見る度に。
 胸の奥が醜い色に染まってゆく。
「奈奈ちゃんは偉いね」
 違う。わたしが欲しいのは、そんな言葉じゃないの。
「ぼくが居ない間は、紗奈のことをよろしくね」
 どうして? どうしてわたしじゃダメなの?
 どうして、紗奈ちゃんのことばかり言うの?
 傷口から血が吹き出すように。鈍い感情が辺りに撒き散らされる。

 どうして? 紗奈ちゃんとわたしは同じ顔なのに。
 どうして、紗奈ちゃんじゃなくちゃいけないの?

 紗奈ちゃんが不安定になるたびに。
 わめき散らすたびに。
 あのヒトは彼女を抱きしめる。
「殺してやる。あんたを殺して、わたしも死んでやる。……あんたがあのひとを殺したんだ」
 慟哭のさなか彼を罵る紗奈ちゃんの言葉の意味は、わたしにはちっともわからなかったけれど。
 ただただ、彼の腕の中に当然のようにいられる彼女の存在が消えてしまえばいいのに。しきりにそう思ってしまった。
 紗奈ちゃんがどんなに振りほどこうとしても。
 彼の体を傷つけても。
 ずっとずっと、あのひとは幸せの絶頂に居るような笑みを浮かべていた。


 どうして、「ママ」があの時あんなにも怒っていたのか。
 彼を責めていたのか。
 分かったのは、わたしも同じ目にあってからだった。

「絶対に許さない」
 言ったママの気持ちが、今はよくわかる。

 そうして。
 いつかのママと同じように私は彼を睨み付ける。
 あなたは、わたしから、ママから、どれだけのものを奪えば気がすむの?

 

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